第一弾のニュースレターに「もう少しリライアンス財閥や、Jioの凄さについてもコメントしておいた方がFacebookがなぜ当該投資を行いたかったのかという戦略的意図が理解されやすいのでは?」という反応を頂きました。そこでニュースレター第二弾として、Facebookの戦略的意図について考察してみました。何を獲得しようという意図なのか?という軸で考えると、企業(事業)価値評価の対象とアプローチが変わってくるという気付きについても言及しています。今後の配信をご希望される方は、下記より「お問い合わせ」ページに「ニュースレター配信希望」とご連絡を頂ければ幸いです。
(本文)前回ニュースレター(https://www.manascp.com/blog/facebook-6-100)で、2020年4月22日にインド工業財閥大手のReliance Industriesの子会社でテクノロジー会社のJio Platformに、米国ソーシャルメディアのFacebookが4,357.4億ルピー(約6,100億円)を投資する旨が公表されたことをご報告しました。これによりFacebookは、Jio Platformの9.9%株式を取得します。
可能な範囲で調べてみたのですが、Jio Platformの財務諸表は手に入らず、従い、6,100億円で9.9%の議決権割合というのが、例えばJio PlatformのEBITDA(償却前利益)や最終利益等の水準からして割高なのか割安いなのか、分析することができませんでした。ご参考までですが、Reliance Industriesは上場しており、時価総額は12兆4,300億円。当該投資額を前提とするとJio Platformの投資前の株式価値は約4兆ルピーという事になるのでおよそ5.6兆円という事になります。Reliance Industriesの企業規模等からすると時価総額の約半分がJio Platformの価値か?というとそこまでではないように思います。
Reliance Industriesは、インドの有力財閥の一つで、会長はMukesh Ambaniという方です(ムンバイに世界で最も高級な個人宅といわれる自宅を20億ドルかけて建てた事でも有名です)。インドにはもう一つReliance ADA グループというのがあり、こちらはMukesh氏の実弟であるAnil Ambani氏が会長を務めています。Reliance財閥の創業者であるDhirubhai Ambani氏(二人の父親)が逝去した後に、家業を二つに分けてそれぞれが経営をすることになりました。大雑把に言えばMukesh氏が石油化学系、Anil氏が通信・金融系を引き継いでいます。兄弟仲は悪く、相互にそれぞれのメインの事業には参入しないという取り決めがあったようですが、2016年にMukesh氏は、携帯通信の領域に殴り込みをかけ、大手の合従連衡が進む間隙を縫って一気にシェアを獲得します(2019年12月にはインドトップシェア)。一方のAnil氏のReliance Comはインド最大手の一角でしたが、兄に追いやられるように現在ではシェアを落としています。
一般的・伝統的なM&Aの企業価値評価の考え方では、「対象会社の支配権=フリーキャッシュフローを支配する権利」を買いに行くことを前提にValuationを行います。その為、対象企業が生み出しているキャッシュフロー(利益)の何倍ぐらいで買っているから割高、割安という発想をします。一方、本件ディールによって、Facebookが得たものは何かを考えるときに注目すべきは上記の概要図にある、「コマーシャルパートナーシップ契約」であると考えます。Facebookの子会社であるWhatsAppがインドでEコマースビジネスを展開するにあたって必須となる「インドの携帯電話利用者へのアクセス」をこの6,100億円で買ったのだという考えに立つと、2019年12月末時点のReliance JIO(JIO Platformの子会社)の契約件数は2019年12月末時点で370百万件ですので、1契約あたり約1,650円が当該アクセス権の値段となるわけです(Jio Platformのプレスでは契約者数388百万とあり今後も契約者数は増加=実質的な単価は下がって行くわけですが)。
FacebookやWhatsAppは既に多くのユーザーをインドで有していることもカウントが必要ですが、Facebookが今後インドで展開・拡大するビジネスを考えたときに、その他の費用は別途カウントするとして携帯電話1契約当たりの利益(生涯獲得ベース)1,650円を超えるのであれば当該投資は成功、と言えるという事になります(下図)。
このように、従来型の「フリーキャッシュフロー」の支配権を獲得するためのM&Aでその投資判断の是非を問う目的で行う価値評価と、例えばスタートアップ企業へのマイノリティ投資や今回のケースのように、支配権そのものではなく対象企業が持つ無形資産(知的財産権、顧客へのアクセス、その他)を活用したビジネスを展開するために、いわば当該ビジネス・インフラへのアクセス権を買う場合では価値評価の対象と、アプローチが異なる事になります。またこの場合、当該無形資産へのアクセス・活用と競合他社から当該ビジネス・インフラへのアクセスの制限・排除が適切に対象会社・対象会社株主との契約に織り込まれるかどうかが極めて重要になります。今後このような点についても考察を深めていきたいと思います。